プロフィール

キャッチフレーズ自分大好きの極み
ニックネームフィル
本名高橋じゅん
生まれた年1983年
身長167cm
体重60kg
住んでいるところ池袋
仕事Webデザインなど

フィルというニックネームは、『恋はデジャ・ブ』という映画の主人公の名前で、その主人公のように「いつどこで誰といても心のプレゼントを渡している状態」を生涯かけて目指していく、という誓いを込めています。

自分大好きの極み、フィルです。

自分を嫌い続け、精神を病み続けてきた半生でした。
対人恐怖・摂食障害・うつ・発達障害・などなど、病名もつけようと思えばつけ放題です。

そして、それらを克服するために、さまざまな荒療治に身を投じてきた半生でした。
精神崩壊をループしながら、ようやく救われたといえるところまできました。

そんな暗黒期の果てに見つけた「救われるためのファーストステップ」、それが……

「自分を好きになること」

自分を好きになることで、なぜ救われるのか。
自分を好きになるには、どうすればいいのか。

そんなテーマを、このブログで発信していきます。
同時に、自分自身もさらに「自分大好き」を極めながら。

このプロフィールページでは、僕が紆余曲折してきた経緯を書いていきます。
自己嫌悪に明け暮れた過去から、自己肯定に明け暮れる現在までを、だいぶ濃いめに。

当時の状況をわかりやすく表現するために、あえて病名(医師から言われたもの)を使って書いていきます。
自分に病名のラベルを貼ることの功罪については、また別の機会に書きたいと思っています。

また、当時の心境をそのまま描写するために、あえてネガティブ面にフォーカスして書いています。
「目を背けたい自分」の中に隠れている「自分を好きになるためのヒント」を探し出すためにも。

  • 【生誕】一般的な家庭で育つ
    自己肯定感
    (5.0)

    過去の写真はほぼ捨ててしまったので、スマホに残っている貴重な一枚です!

    左の涅槃(ねはん)の境地に達しているのがフィル、右のしゃくれ菩薩(ぼさつ)が兄。

    虐待や貧困などもなく、一般的といえる範囲の家庭で育ちました。

    写真や鏡を捨ててしまうのは、醜形恐怖あるあるですね。

    醜形恐怖(しゅうけいきょうふ) = 自分の容姿への病的な嫌悪

  • 【幼稚園】物心ついたころから対人恐怖
    自己肯定感
    (1.5)

    物心ついたころから、対人恐怖でした。

    家族とは話せたので場面緘黙(かんもく)というほうが近いかもしれません。

    対人恐怖 = 人に嫌悪されたり拒絶されたりすることを怖れて病的に不安や緊張が生じる状態

    場面緘黙 = 家庭以外で話すことができなくなる病的な人見知り

    いつもひとりで、硬直したようにじゅうたんを眺めたり、遊具のタイヤの中で丸まりながらクモの巣を眺めたり。

    自分は、宇宙人が地球人の思考を分析するために飼育している実験体。

    考えていることや感じていることはすべて、監視され収集されている。

    でも、心を読む価値もない存在として、あざ笑われ見捨てられている。

    そんなマトリックスな世界観ですごしている、陰気の極みな子どもでした。

    マトリックス = わかる人だけわかってください( _ _)

  • 【小学校低学年】なんで自分はみんなと同じことができないんだろう
    自己肯定感
    (1.0)

    「陰気」から「陰鬱」へのグレードアップを果たします。

    いつもひとりで、硬直したようにうつむいて床を眺めたり、机に肘をつき手のひらでおでこを支えるという陰鬱ポーズで厭世的な思いに浸ったり。

    名前を呼ばれても、返事はおろか振り向きさえできませんでした。
    言葉を発するということは、雲古をしているところを見せるのと同じ……
    というとさすがに言い過ぎですが、そのくらい恥ずかしいことでした。

    なんで自分はみんなと同じことができないんだろう……。

    そんな劣等感に苛まれない日はありませんでした。

    このころから、人間関係を「上か下か」で仕分けるクセを強固にしていきます。
    そして、「ほぼすべての人間は僕より上で、僕は最も下」、という信念も……。

    「人と話せるようになること」

    それが、幼少期から一貫して抱き続けてきた、人生の悲願です。

  • 【小学校高学年】絵とゲームと星空への逃避
    自己肯定感
    (1.5)

    人間の世界から逃避することを覚え、自己肯定感が少し回復します。

    いつもひとりで、絵を描いたり、ゲームをしたり、星空を眺めながら散歩したり。

    しかし、本当はずっと、誰かと笑い合いたい、という渇望が心に渦巻いていました。

    他の人たちは誰かとつながって心豊かに生きているのに、
    僕だけが誰ともつながれずに心寂しく孤独に生きている。

    そんな愛に飢えた少年だったからなのかどうか、小5までオムツを装備していました。

  • 【中学校】無謀な冒険の始まり
    自己肯定感
    (2.0)

    1日7時間、ゲーム漬けの日々。

    深まる孤独を無視し続けている分、さらなる逃避を必要としたのだろうと思います。

    そんな中3のとき、GRANDIA というロールプレイングゲームに出会います。

    「冒険者はあきらめない」

    それが、GRANDIA に一貫して流れるテーマでした。
    僕の人生に決定的な激震を起こす、このときの僕にとって「崇高」なテーマ。

    僕は主人公に乗り移り、すべてのセリフを全霊を込めて朗読しながらプレイしました。
    感極まりすぎて、号泣しながら部屋の中で暴れ狂うほどに、心酔、崇拝していました。

    「あきらめさえしなければ、どんなことだって叶う!!」

    「人と話せるように、絶対になってやる!!」

    「何年かかっても、死ぬ気で自分を変える!!」

    そんな狂信が、15年にわたる破滅の始まりでした。

  • 【高校】高校デビューで精神崩壊
    自己肯定感
    (0.5)

    逃げ道を断つために、絵とゲームを封印します。

    安心して心を休められる唯一の居場所、絵とゲーム。
    僕に少ないながらも個性と自信とを与えてくれていた、絵とゲーム。

    「それらの逃げ道を残しておく程度の覚悟では、人生を変えることはできない!!」
    「コミュニケーション能力の獲得に、すべてを捧げるんだ!!」

    しかし……

    • 返事もできない
    • 振り向きもできない
    • 顔も見られない
    • 表情もつくれない
    • 言葉も発しない

    そんな石像のような状態で、いったい何から手をつければよいのか。
    他の人が教わらずとも当たり前にできていること……
    それらを習得する方法と手順がわからない。

    (でも、それでも、やるんだ!!)

    しかし……

    (話しかけにいかなきゃ話しかけにいかなきゃ話しかけにいかなきゃ……!!)
    (無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理……!!)

    いわゆる「アクセルとブレーキを全力で踏み込む」と表現されるような、葛藤の極み。
    しかも、絵とゲームという「心を休めるための居場所」も、自ら断ってしまっている。
    1ヶ月も経たないうちに、精神は焦げ、身体も崩壊し始めました。

    • 心身が常に警戒状態になり休まらない
    • 自律神経失調と入眠時幻覚(金縛り)で眠れない
    • 極度の便秘で痔になり歩行困難になる
    • 全身に湿疹ができてシーツが血だらけ
    • 拒食症になり1ヶ月半で20kg痩せて40kgになる
    • 過食症になり1ヶ月で25kg太る
    • などなど……

    過食症は特に惨めで、ドッグフード(乾燥したものや半生の缶詰など)を食べたり、砂糖・ジャム・マーガリンなどもそのまま食べたり、冷たい味噌汁や冷えて固まったカレーを鍋からじかに飲み尽くしたり、冷凍されたままの餃子やらなんやらも、倒れ込むまで何時間でも食べ続けました。

    そうして僕は、自分自身のコントロールと、世界への信頼を失いました。
    家族も誰も、助けることはできず、性根が腐った問題児として否定することしかできず。
    僕は、通常の世界から放り出され、見捨てられたのだなと、絶望しました。

    (道を間違えた……)
    (できると思い違いをしてしまった……)

    (逃げることも、戻ることもできない……)
    (僕の居場所は、もうどこにもない……)

  • 【大学】大学デビューで再び崩壊
    自己肯定感
    (0.5)

    一浪して、E判定(合格確率20%以下)で幸運にも大学へ入ることができました。

    精神疾患でボロボロなりつつも、高校も通いきり、大学にも入れた……
    ということは、自分で思っていたほど重度ではなかったのだと思います。

    「高校デビューでは盛大に精神崩壊したけど……」
    「大学デビューでは今度こそ自分を変えてやる!」

    意欲を再燃させ、「コミュニケーション能力獲得」「精神疾患克服」への挑戦を続けます。

    【挑戦①サークルや交流会】
    子どもと遊ぶサークルに入り、子どもや部員からキモがられる痛い思い出を増産。
    場違いにリア充なサークルや交流会に参加して、不適応をさらして劣等感を強化。

    【挑戦②接客アルバイト】
    そろばん塾・個別指導・寿司屋・民宿・公文・本屋・など、接客アルバイトに飛び込む。
    どこに行っても安定の「使えないやつポジション」をゲット。
    無断欠勤からの音信不通という安定の「バックレ」を繰り返す。
    自尊心をすり減らし「社会常識を守れない雲古以下の存在」という自己否定を強化。

    【挑戦③海外旅行】
    タイに1ヶ月ほど滞在しながら、日本語講師のボランティアをさせていただく。
    ゲストハウスにひきこもって過食に費やすことが多く、惨めさと失望感を深める。

    【挑戦④断食】
    過食症を一挙に解決できないかと、お寺で1週間の断食を申し込む。
    2日目には、ナチュラルにコンビニのお菓子を食べ始める。
    残りの数日もカジュアルに食事をして、惨めさと失望感を深める。

    【挑戦⑤その他】
    啓発セミナー・脳力開発プログラム・よさこい・精神科・占い・宗教・などなど。

    何に挑戦しても、「日常生活に支障ないレベルのコミュニケーション能力を持った人々」との気が遠くなるほどの隔たりに、劣等感や失望感を深める一方でした。

    それと同時に、特に摂食障害によって、日常生活に重大な支障をきたしていました。
    奨学金を無思慮に借りまくって、月10万円くらいを過食に費やしたり。

    しかも、いったん過食すると数日間は人に会えなくなる、という強迫症状。
    予定が予定にならず、約束が約束にならず、ドタキャンか音信不通が標準化
    卒業や就職どころではなく、ここから人生を挽回する希望を見いだせない。

    そんなただならぬ閉塞感に、心身はさらにもう一段階、破綻を深めていきます。

  • 【大学4年】ゲームオーバー
    自己肯定感
    (0.5)

    高校のときから表れ始めた下記の症状が、いよいよきわまってきます。

    • 入眠時幻覚(金縛り)が激化
    • おねしょや雲古もらしが常習化
    • シャワー・歯磨き・着替え・ヒゲ剃り・などなどがさらに困難になる
    • 人の話を聞き取ったり理解したりすることがさらに困難になる
    • いろいろなことを覚えていられなくなり生活・学業・仕事がさらに困難になる

    また、本来は「気晴らし」となることが、「精神の安定を崩す外敵」でしかなくなりました。

    • TV番組が「もう戻ることができない通常世界」として映り、喪失と疎外しか感じなくなる。
    • 音楽が何の快楽ももたらさなくなり、脳を圧迫・疲弊させる雑音でしかなくなる。
    • 活字を読むのが困難になり、読もうとすると全身に猛烈なかゆみや湿疹が出る。
    • 絵を描くことは「古き良き自分が失われてしまったこと」を痛烈に思い出させる行為でしかなくなっていたので、まったく描かなくなった。
    • ゲームは「自分を洗脳して人生を不可逆にねじ曲げた元凶」として逆恨みするようになり、まったくやらなくなった。

    「外敵」といえば、すでに人間関係は「敵か味方か」でしか見られなくなっていました。
    そして、ほぼ全員を、「いつ奇襲してくるかわからない敵」として警戒するのです。

    そんな荒廃した精神状態から一瞬でも救われるために、狂ったように走りました
    激しい運動でドーパミンを充満させ、強制的に覚醒状態(あるいはマヒ状態)をつくる。
    すると、ほんの束の間、通常の世界に帰ってこられたような安心感に再会できるのです。
    世界が「おかえり」と迎えてくれているような錯覚に安堵し、夜道で泣いたものでした。

    しかし、そんな必死の抵抗もむなしく、心身の荒廃は止まりませんでした。
    もうゲームオーバーなのに永遠に積み上がり続ける、バグったテトリスのように。

    (いよいよ八方塞がり)

    そう感じた僕は、自ら糸を切ります。
    通常の世界とのつながりを再び取り戻すための、最後の糸。
    良心的な人間であろうとする、人間としての最後の尊厳を。

    そうして人生への抵抗をあきらめた僕は、本格的に人格を腐らせていきます。
    ダークサイドへの降伏、いや、屈服です。

  • 【留年】ダークサイドへの屈服
    自己肯定感
    (0.0)

    (何も手に入れる能力がないくせに人生に何かを望むから苦しいんだ)
    (楽になるためには人生をあきらめて何も感じなくなるしかない)

    「何も感じなくなる」ために、捨てなければならない3つの大切なものがありました。


    まず、感情。

    その中でも特に、喜び。

    喜びこそが、自制心をゆるませ、過食へと突き落とす元凶。
    喜ばなければ、自制心もゆるまず、摂食障害をコントロールできる可能性が上がる。

    だから、喜びが芽生えそうな気配を感じたら、抑制しなければならない。
    心を停止させて、思考を消し、何もなかったことにしなければならない。

    そんな理論で、喜びに限らず、すべての感情を封鎖していきました。

    (感情は、ただでさえ予見できない過食の発動を、さらに予見できなくする)
    (感情こそが、自らの中で生まれて自らを害していた、ウイルスだったんだ)


    次に捨てたのは、人間関係。

    それまでも、人間関係の消滅は何度もありました。
    しかし、今回は自ら意図して、人間関係を切断していきます。

    人間関係が、感情を波立たせ、精神の安定を崩す。
    人間関係をあきらめれば、感情は波立たず、精神の安定も保たれる。

    しかし、人間関係をあきらめるには、途方もない寂しさが伴う。
    だから、未練が残らないよう、こちらから「破壊」しなければならない。

    人間関係を「破壊」するには、消極的に無視するだけでは足りない。
    良心を捨て無神経になり、積極的に断絶していかなければならない。

    そんな理論で、まずは「愛想」をいっさいなくしました。
    人に、あえて冷たい態度と言葉で接するようにしていきます。

    このころの具体的な言動は思い出せないのですが、

    「人の足を引っ張る不愉快な発言ばかり」
    「話しかけてもマイナスしか返ってこない」

    と、かつての知人が感じていたことを、のちに知りました。

    (無感情こそが、過食のリスクを回避する道)
    (無神経こそが、ストレスから解放される道)

    その方針で進むにつれ、実際に少しずつ楽になっていった気がしました。
    それは、何をしても救われなかった僕にとって、初めて感じる「救いの光明」でした。

    (良心をなくすことが、人生の正解……!)
    (悪人になることが、救われる道……!!)

    そうしてフィルは、他者との関わりから手を引いていきます。
    人生が殺風景で寒々しいものになり、魂が急冷されていく感覚を無視しながら……。

    このころから、自分自身を他人のように扱う傾向が、特に顕著になります。
    他の人からも「自分のことなのに他人のことみたいに言うね」とよく言われました。
    そのため、当時の感覚としてしっくりくるよう、しばらく一人称を「フィル」と記述していきます。


    最後に捨てたのは、現実。

    これは、本当の自分に起こっていることではない。

    本当の自分は、どこか遠い宇宙にいて、この生物の一生を見させられている。

    だから、何が起ころうと、それは自分に起こったことではない。

    だから、何かを感じることなんて、まったく無意味。

    このだらだらした長い映画が終わるのを、ただ心を消して待つだけ。

    「現実の否認」

    それだけが、僕を生かし続けました。

    大学は中退、携帯も廃棄。

    ただもう何かをすることをやめてしまいました。

    そこから3年半、フィルは身体も精神も、底のない奈落へ、深くひきこもらせていきます。

    この間のことを説明する言語を、いまだにフィルは持てていません。

  • 【28歳】ナンパ
    自己肯定感
    (0.5)

    (外の世界を遮断し、心を動かされないように)
    (内の世界も封鎖し、心を動かさないように)

    そうして、この退屈な映画が終わるのを、無になって待つつもりでした。

    しかし、ずっと聞こえ続けていたかすかな心の声を、無視できなくなってしまいます。
    希望を見ないために自ら落ちた奈落で、再び希望を見上げてしまったのです。

    (もしかしたら、今からでもがんばれば、通常の世界に戻れるんじゃないか……)
    (いつか僕にも、友達というものができて、誰かとつながれるんじゃないか……)

    物心ついたころから今まで、けっして去ってくれることのなかった、原初の希望。
    その希望が今もまだ生きていることを、認めざるをえなくなりました。

    しかし……

    (この奈落から通常の世界に戻る方法なんて……)
    (中途半端なことではとうていムリだろう……)

    (奇跡が起きないかぎり……)
    (奇跡を起こさないかぎり……)

    (奇跡を起こすには)

    「ナンパしかない」

    奇跡を起こすために、僕が選択した方法、それが「ナンパ」でした。

    「もうこのまま死ぬために生きるのはイヤだ!!」

    「コミュニケーションの達人になってやる!!」

    「これで変われなかったら自殺する!!」

    GRANDIA 以来の、狂信、そして、躍動。
    長く凍結していた希望が、再び熱と光を放ち始めました。

    なぜよりによってナンパを選択したのか。それは、

    「男性に話しかけるの怖い」

    「女性なら優しくしてくれそう」

    「童貞でなくなれば自信もつくはず」

    「自分のために不特定多数の人に少しずつ迷惑をかけさせてもらおう」

    という、ゲスの極みな開き直りゆえでした。

    今となっては「ゲスもまたよきかな」と思いますが、当時は「うしろめたさで自責」していたものでした。


    詳細は別の記事に書く予定ですが、ざっとこんなことがありました。

    1. 外を歩いたり買い物をしたり(ひきこもりのリハビリ)
    2. 約100人に道を聞く(ナンパの準備)
    3. 最初は誰にも声をかけられず一日中立ちっぱなしの日々
    4. 1時間ほど話し込むと2日間は熱を出して寝込むこと数回
    5. 人と心地よい会話ができた歓びのあまり世界と一体になったような恍惚感に襲われて失神すること2回
    6. 初めて彼女ができる
    7. 浮気 → 浮気相手との愛のない結婚 → 妻に不倫させてしまう → 発狂 → 離婚
    8. ナンパが性的な目的のみになり人格を腐らせる

    結果、2年半かけて1万人をナンパしました。
    おかげで、「対人恐怖の克服」という念願を果たすことができました!

    ナンパ初期は、もう爆発するような歓喜の連続でした!
    見知らぬ女性が僕に笑顔を見せて会話をしてくれるという、救済的な事実!!

    もちろん、「不審者から身を守るために笑顔で接しざるをえない」場合がほとんどです。
    しかしその一方で、理解不能なほどに受け入れてくれる女性たちが存在していたのです。

    (僕は、受け入れられていい存在……!)
    (僕には、愛される価値がある……!!)

    そんなナンパが教えてくれた最も大切なことは、「世界は優しい」ということでした。
    「なぜだかわからないけど仲良くしてくれる人」が、次々と現れるのです。
    世界がよってたかって助けてくれて、惜しみない祝福を与えてくれているようでした。

    「ナンパだけが僕を救ってくれた」
    「大切なことはすべてナンパが教えてくれた」

    そう思っていたくらい、返しきれない大恩があります。

    しかし……

    途中から、暗雲が立ち込めていきます。

    ナンパをすればするほど、表面的なコミュニケーションのメッキが分厚くなるのです。
    心の伴わない空っぽの言葉しか喋れなくなり、心の通い合いから遠ざかっていきます。

    心と一致しない言葉ばかり喋っていて、いつも嘘をついているような気分でした。
    相手もそれを感じ取るため、心を閉じ、興味をなくし、離れていってしまうのです。

    僕に必要なのは、「心を動かし、心を開き、心と一致する言葉を話すこと」でした。
    しかし、そのどれも、もともと持ったことがないか、自ら封鎖してきたものでした。

    (心の動かし方を、思い出せない)
    (心の開き方の、そもそも感覚がわからない)

    (自分には、心がないんだ)
    (だから、言葉が空っぽなんだ)

    そんな空虚さ埋めるように、以降、性的な関係だけを追い求めるようになります。
    心の伴わない性的関係は、空虚さを広げるだけの自傷行為でしかありませんでした。

    そうしてまた精神に破綻をきたした僕は、ついに精神薬に依存していきます。
    そのときの奈落は、以前よりも深い、死臭が漂う生き地獄でした。

    ちなみに、ナンパは今はしておらず、意欲もなくなりました。
    ただ、困っている人がいたらすぐに声をかけられるなど、多くの場面で役に立っています。

    ナンパの本質は、誰に対しても屈託なく話しかけられるオープンマインド。
    その意味では、これからも「老若男女を紳士的にナンパ」していけるように目指し続けます。

  • 【30歳】精神薬依存そして断薬
    自己肯定感
    (0.0)

    希死念慮(自殺したい)から自殺企図(自殺しよう)へのグレードアップを果たします。

    自殺企図のステージは、非常にベタで自分でもびっくりしたのですが、

    「包丁を背中に突きつけられている」
    「銃を後頭部に突きつけられている」

    そんな表現がしっくりきすぎる、まさに死神が間近に居座っているような切迫感でした。

    「とにかく何かをして動いていなければ本当に自殺してしまう」
    「もし止まったら背後から死神に追いつかれて殺されてしまう」

    だから、一日中ノンストップでナンパに奔走したり、近所を絶叫しながら走り回ったり。
    そうやって体力を使い果たすことで、ようやく活動停止、眠りにつくことができました。

    そのときのナンパでは、なぜか女性たちが涙を流してお腹が痛くなるほど爆笑してくれました。
    また、電車に飛び込もうと駅に向かったら、改札で立ちふさがるように現れた知人に話しかけられたり。
    そうやって、世界に救っていただいたのだなと思いますが、そのあたりの話はまた別の機会に。


    そんな「生命の危機」な状態でしたので、やむをえず精神薬(向精神薬)を飲み始めます。
    それまでは、副作用があまりにもキツかったので、どうしても気が進まなかったのです。

    最初は、怖ろしいほどテキメンに効果がありました。

    現実の問題はまったく解決していないのに(・_・)
    絶望だけがすっぽりとどこかへ吹き飛んでいる(・_・)

    しかし……

    薬が効いている間に現実の問題を解決できるほど、元気になるわけではありません。
    しかも、薬が切れたり慣れたりすると、それまでよりも深刻な絶望が襲ってきます。

    そうして、薬が増えていき、依存から抜けられなくなる……
    そんな「薬物中毒が生み出される仕組み」を、身をもって理解しました。

    じきに、薬の効果も限界を迎え、結局、自殺企図のステージに戻ってきてしまいます。
    そして、「薬のせいで希死念慮が増幅されている」と短絡的に決めつけてしまうのです。


    これは絶対にやってはいけないことですが、医師に相談せず一気に「断薬」しました。
    精神薬依存の経験がある人なら、これがいかに怖ろしい生き地獄かがわかると思います。

    精神薬を断つと、覚醒剤を断つのに近いレベルの、「禁断症状」に襲われます。
    正式には「離断症状」といいますが、その表現ではなまやさしすぎると思うのです。

    その詳細は割愛しますが、過去最大の恐慌、禁断症状に、悶え苦しみました。
    精神薬をやめたい方は、必ず医師に相談し、ごく少量ずつ「減薬」してください。

    そして、数ヶ月の生き地獄をくぐり抜け、本当に無事でよかった……断薬を果たします。
    やっと、わずかずつではありましたが、再び「生きること」に意識が向くようになります。

  • 【31歳】障害者としての就職と平穏な日々
    自己肯定感
    (2.0)

    「もうやめよう、『健常者』として生きていくのは」
    「これからは、『障害者』として大目に見てもらいながら楽に生きよう」

    「もうやめよう、『欠陥』を埋めるために人生を消費するのは」
    「これからは、『得意』だけで人生を埋め尽くしていこう」

    上記、だいぶ歪みや偏りのある考え方ですが、当時のリアルな心情としてそのまま記しておきます。

    障害者職業訓練校でデザインを学び、Webデザイナーとして就職。
    31歳にして初めて、「自分のたしかな存在価値」を感じることができました。

    (自分も、人の役に立つ仕事ができる、人間なんだ!)
    (自分も、人から必要とされる価値のある、人間なんだ!)

    働き始めたころはまだ、「雲古以下の害でしかない存在」という自己規定がありました。
    それが、周囲から価値を認められていくうちに、とうとう浄化され始めたのです……。

    職場では、ありえないくらい優しくしていただき、おおいに甘やかしていただきました。
    黙々と作業をしているだけでも許されてしまう、良くも悪くも「ゆるい」職場でした。

    なので、人と関わることを、ここでようやくあきらめることができたのです。
    昼食のお誘いも、忘年会などの行事も、すべて断るほどの徹底ぶり。

    しかし、作業自体は大好物で、誰よりも向上心をもって勉強していました。
    だから、人間関係を放棄してはいるものの、技術力によって必要とされていたわけです。

    そうやって、苦手を遠ざけ得意で満たす「がんばらない生き方」に移行していきます。
    2年半、喜んで残業したり自宅で働いたり、最高に充実していた幸せな期間でした。

    健康面も大きく改善し、ぐっすり眠れるようになったり、便秘や鼻炎も治ったり。

    (こんなに、心が揺れない、平穏な日々が、世の中にはあったんだ……)
    (これがフツーの人生なんだとしたら、思っていた数千倍も幸せな天国だ……)

    しかし……

    僕の魂は、どうしても黙らない。
    僕は「もう一生このままがいい」と願ってさえいるのに……
    まだ、あきらめさせてくれないのです。

    「本当は孤独に凍えているのに、気づかないフリをしているだけだ……」
    「人とつながれないままでは幸せになれないことを、わかっているはずだ……」

    せっかく、人生を捧げたいと思える天職にめぐり会うことができたというのに。
    僕はまたそれを捨て、コミュニケーション修行の道に立ち戻るのです。

  • 【34歳】目を背けていた暗部と向き合う
    自己肯定感
    (1.5)

    再起せざるをえなくなったきっかけは、彼女に振っていただいたこと。
    孤独というものの恐怖、いや、危険性を、あらためて鮮烈に感じたのです。

    (孤独を見て見ぬフリをしていたら、次は本当に死を選択してしまう)
    (人とつながることを怖れてあきらめていたら、僕は幸せになれない)

    (でも、これまでと似たようなことを繰り返しても、また同じ壁にぶち当たるだけ……)
    (何かもっと、根の深い、目を背けたいような暗部と向き合う必要が……)

    「孤独で弱い自分」を認めることができた、それは大きな進歩です。
    しかし、次の一歩を、どこに向かって踏み出せばいいのか、まだ見つかりませんでした。


    一方で、彼女が僕を見透かし見限った原因についても、痛烈に思い知らされました。
    それは、僕が誰ともつながれなかった原因でもある、「心の卑しさ」でした。

    なにせ、このときの僕は、自分自身をこんなヤツだと思っていたのです。

    卑怯/虚栄/嘘つき/薄っぺらい/醜い/ケチ/悪人/高慢/薄情/などなど……

    そんなふうに「自分は最低だ」と思っておきながら、人には好いてもらおうとする……
    雲古をチョコでコーティングして売りつける詐欺師、そんなセルフイメージでした。

    そんな自己卑下の塊と接したら、相手はエネルギーを吸い取られて疲れますよね。
    そんなエネルギーを奪う人と、つながりたい思う人はあまりいないでしょう。

    (心が卑しかったから、誰もつながりたいと思わなかったんだ)
    (心が卑しかったから、軽くて空っぽの言葉しか話せなかったんだ)

    (いくら遠回りでも、何年かかっても、やるしかない……)
    (何を捨て置いてでも取り組む必要があること、それは……)

    「心をキレイにすること……」
    「心のあり方を学ぶんだ!!」

    孤独で弱い自分を認め、心の卑しい自分を認める……
    そうすることで初めて、僕の本当の問題が見えてきました。

    それは、あまりの醜さにずっと目を背け続けてきた暗部……
    「自分自身の心」とのコミュニケーションでした。


    解決すべき課題を見いだした僕は、まったく不満のない心地よい職場を辞めます。
    そして、ナンパ以来の荒療治、「心のあり方」を学ぶ空間へ、次々と飛び込みました。

    すべてのきっかけは、話し方の学校の学長「鴨頭嘉人」さんの YouTube に出会ったこと。
    そのとき僕が必要だと感じていたことを、明快に力強く言葉にしてくださっていました。

    「うまく話そうとするの禁止!」
    「日常どういう心で生きているかが相手に伝わる!」

    ものすごい教祖感、ポジティブ全開、キレイゴト満載、エネルギー爆発……
    そんな、以前の僕だったら確実に心に大火傷を負う、絶対に近寄りたくない人でした。

    しかし、自分の心に目を背けたって、どうせまた心は再起を訴え続けるのです。
    いわゆる「あきらめることをあきらめる」、そんな感じでダイブしていきました。

    「35歳で無一文になるより、40歳でまだ人とつながれないことのほうが、死ぬほど怖い」

    そう思い、100万円以上をつぎ込みました。
    それ以上の価値を得ましたが、安易に人に勧めることはしません。
    自分自身、精神的なリスクを無視するわけにはいかないことを痛感したからです。
    まずは、健康面・経済面・精神面での「最低限の安定」にまでたどり着くことが先決です。

    また、急に意識高い系の話をぶっ込んだので、「うさんくさい」と拒絶反応が出る方もいると思います。
    なので、書くかどうか迷いはありましたが、本当のしかも大切なことなので、むしろしっかり書きます。


    結論からいうと、目覚ましい変身を遂げることができました。
    知人からも、「変わったね」とよく言ってもらえるようになりました。

    スーパーハイテンションでウェイなパリピになった、わけではありません。
    シンプルに、自分を「雲古」呼ばわりしなくなり、前向きになり、明るくなりました

    「死なないという抵抗」ではなく、「生きたいという希望」が芽生えたのです。
    それは、これまで知らなかった感覚で、いまだに照れくさいような感じです。

    「この世界に生きていてもいい」
    「生きたい」

    そう思えるようになったのも、こんな「違和感」を受け入れてやってきたからです。

    • 毎日「笑顔の自撮り」を投稿して褒めてもらう
    • 褒められたら否定せず調子に乗るくらいに受け取る
    • 自分を褒めるハードルを下げてプラスカウントしまくる

    そして、それができたのも、こんな「環境」に心ゆくまで依存させてもらえたおかげです。

    • 成長のために背中を押してくれる「愛ある強制力」
    • 失敗しないのカッコわるいという「挑戦空間」
    • 否定いっさい禁止で承認しかない「承認空間」

    それらが、僕を成長させ、救済してくれたことは、間違いありません。

    そして、どの学びの場でも、必ず共通して教わることがありました。

    なによりもまず自分を好きになる

    それが、僕が終始すっ飛ばし続けてきた、「人生のファーストステップ」だったのです。

    だからといって、「もっと早く心のあり方から学べばよかった」とはまったく思いませんでした。
    病みが深すぎる段階では、「やっぱり自分は雲古だ」としか思えず、自滅してしまうからです。
    くどいようですが、健康面・経済面・精神面での「最低限の安定」にまでたどり着くことが先決です。


    読者にはあまり関係がないとしても、書かずにはいられない感謝があります。

    ここまで、自力でどうにかしてきたかのような書きぶりでした。
    そんなわけはなく、自力で変わったのが1割、他力で変えてもらったのが9割です。

    特に、今回の「怒涛の学びラッシュ」では、もう文字どおり、寄ってたかって、
    受け入れてくれて、認めてくれて、褒めてくれて、気にかけてくれて、
    励ましてくれて、応援してくれて、笑ってくれて、泣いてくれて……。

    いったい、この期間に、それまでの人生の何倍の承認を注いでもらったか。

    僕が変われたのは、ともに学んでくれたみんなのおかげです、ありがとう。

  • 【35歳】自分大好きの目覚め
    自己肯定感
    (2.5)

    これまでは、自分で自分を褒めるどころか、ダメ出しを浴びせてばかり。
    人から褒めてもらっても、(何を言っているんだコイツは)と、はたき落としたり。

    そのくせ、誰よりも承認欲求が強く、他者からの承認に飢えている。
    「褒めて褒めて感」がにじみ出てしまい、「褒めのカツアゲ」をしている気分。

    しかし、自分で自分を褒められるようになると、「褒めの自給自足」ができるわけです!
    すると、相手から奪う一方だったエネルギーを、今度はこちらから渡せるようになる!

    たとえばこのブログも、自己肯定感に余裕が生まれたからこそ始められた代物。
    「自分の言葉には価値がある」と思えていなければ、むずかしかったでしょう。

    「この経験は、自分だけで止めてはいけない」
    「過去を価値に変えて、必要な人に届けよう」

    もちろん、怖れや迷いもありました。
    以前の僕は、このような「乗り越えた体験談」に対して、

    「そんなことは、乗り越えたあとだから言えるあとづけだろ」
    「私にもできたんだからあなたにもできるとか、上から目線で不快」

    そんなふうに(本当はもっと過激に)非難していたからです。

    しかし、もう、そんなこと構うものか。
    先人たちが示してくれた道のおかげで、僕は救われた。

    ここからは、恩返しのステージ。
    僕が受け取ってきた「地図」、探し当ててきた「宝物」を、次につなげていく。

    「まずは、自分を救うために、自分を愛していい」
    「それが、結果的に、誰かへのプレゼントになる」

    そんなメッセージが、必要としている誰かに届けばいい!
    そう願って、このブログをつくったというわけです。

  • 【36歳】2019年の目標
    自己肯定感
    (5.0)

    準備中!